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敵あるいはフォー(Foe : John Maxwell Coetzee 1986)

Foe

ずっと読みたくて探したけど,どうしても見つからず,ついにあきらめて図書館で借りて読みました.
J.M.クッツェー(1940-)の“敵あるいはフォー”.

ダニエル・デフォー(1660-1731)の“ロビンソン・クルーソー”と“ロクサーナ”をベースに描かれた話です.(残念ながら“ロクサーナ”は読んだことがないので詳細が分かりませんが...)

漂流した女性スーザン・バートンがクルーソーとフライデーが生活する島に到着.そこで何も起きない日々を過ごし,救出されるまでが前半の出来事.後半は,イギリスに戻ったスーザンが,フライデーを何とかアフリカへ返そうとしたり,舌を切断されて話すことが出来ない彼とコミュニケーションを取ろうと努力をする事と,フォー(ダニエル・デフォー)に頼んで島での出来事を本にしようと努力する事が話の中心になります.

前半は普通に冒険物として楽しむことが出来ると思います.

しかし後半は深い.フライデーにとって自由と何か.言葉を話すことが出来ない彼が一体何を望んでいるのか.
そして,そんな彼をアフリカに送り返そうとするスーザンの行動は善意か偽善か...

また,何も起きなかった漂流を本にするために“人食い人種の襲撃”などの話を入れようとするデフォーと,真実以外の話を入れることを拒むスーザン.どれだけ教えても話すことが出来なかったフライデーに書字を教えようとするデフォーの試みと合わせて,言葉を紡ぐことの難しさ,大切さをノーベル賞作家が小説の中で訴えます.

絶対にもう一度読みたい傑作です...が,どこにも売ってない.また図書館か.
これだけの傑作,早く復刊して欲しいです.

Evaluation
Interest: ★★★★★
Culture: ★★★★☆
Readability: ★★★★★
Reread: ★★★★★

Total: ★★★★★


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